Career path 10

いろんなエンジニアがいてもいい、
大事なのは、
自分の好奇心に素直なこと。

マネージャー
 雨森 潤
R&D事業部 次長
2005年入社

入社までの経歴

学生時代からWEBデザイナーを目指し、卒業後はWEBデザイン、ディレクション、インフラ設計・構築、プログラミング、データベース設計等さまざまな仕事に関わる。2005年、全研本社に入社。eマーケティング事業本部立ち上げメンバー。

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Career up story

キャリアアップストーリー

2005年10月(25歳)

健康美容EXPO、美プロ(旧:健康美容JOB)のWEBディレクターに。ディレクションにとどまらず実装・運用までマルチにこなす活躍を見せる。

スタートアップの空気を体感

実装・運用「まで」じゃないですよ、営業もやってましたから(苦笑)。片っ端から電話をかけて「うちのサイトに掲載しませんか」って。この頃は立ち上げたてで、とにかく怒涛の忙しさでした。

自社メディアというのは、ただサイトを構築すればゴールなのではなく、サイトに掲載していただくクライアントがいて初めて出来上がるものなんです。

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2007年8月(27歳)

グループ企業の公式サイトのSEOディレクション・マーケティングを担当。SEOによる集客の導入、広告の最適化、CV・CPA向上の為のシステム改修、オウンドメディアの立ち上げ等を企画、実施。

SEOにも強いエンジニアへ

結婚相談所サンマリエの広告戦略を見直すことになったので、元々持っていた知識やスキルを総動員しながら、さらに新しい領域(SEO、マーケティング)に手を伸ばし、思いつく限りのチャレンジをしました。

この時に開発のスキルだけでなく、多くの周辺知識を得た事で、その後のエンジニアとしての自信につながりました。

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2012年1月(32歳)

R&D事業部の立ち上げ。以後、今日まで一貫して責任者として携わる。

たった3人で始めた開発組織

念願の開発組織!嬉しかったですね。立ち上げたての頃はまだ明確な組織のビジョンこそありませんでしたが、ともかく多くのWEBアプリケーション開発に打ち込んで、ナレッジを積み重ねて専門部署になろうと意気込んでいました。手始めに着手したのが、理系学生のための就活メディアの開発です。

個人的には、それまでマーケティングやSEO寄りの仕事が多かったので、開発力が落ちてはいないかと少しだけ不安もありましたが、大丈夫でした(笑)。

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2014年12月(34歳)

美プロ、ライターステーション他、多くのWEBアプリケーションの開発を手掛ける。

全研本社に最適化する

この頃から意識し始めたのが「ただ新しい技術を追いかけるのではなく、全研本社のこれからにあった環境を作っていくべきだ」という事です。売り上げ、コスト削減、顧客満足度向上、業務の効率化、競争力の強化など、様々な視点からソフトウェアの価値や方向性を考えるようになりました。

全研本社にCTOがいるとしたら、それは『最も技術力が優れている人間』ではなく『最も会社の将来にフィットした技術を提供できる人間』なのだと思います。

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現在(37歳)

R&D事業部は立ち上げから5年が経ちました。組織の規模が大きくなってきているので、ナレッジの共有や開発プロセスの柔軟な変更、メンバーのスキルアップ、新技術の研究など様々な事にチャレンジしています。入社以来、私が一貫しているのは「7割エンジニア、3割○○」という働き方。○○の余白には、その時々でSEOやマーケティング、マネジメントなど、必要な仕事を当てはめています。この余白こそが自分のエンジニア人生に奥行きを与えていると感じます。

雨森 潤メッセージ

Message

あなたは、どんなエンジニアになりたいですか?「誰にも負けない技術を手に入れたい」「いつも最新の技術を追いかけていたい」「ひとつの仕事をトコトン追求したい」――さまざまな欲求があると思います。今の全研本社にも、多種多様な未来を思い描くエンジニア達がいますが、私たちの共通点は“自分の好きな事に対して素直である事”です。
私もマネージャー業のかたわらWEBエンジニアとして、今もホビープログラミングを続けています。必要だからというより、好きだからです。私と同じように自分が好きなこと、好きと思えそうなことに対して素直にチャレンジし続けている人を見ると、とても素敵だと思います。
仲間になっていただける方には、私たちのカルチャーに共感していただき、変化していく技術と向き合って、立ち止まらずに興味を持ち続けていただきたいと思っています。

※このコンテンツは、2017年10月時点の情報をもとに作られました。

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